やはり三陸は無防備だったかもなと思ったりもする。明治29年、昭和8年、そしてチリ地震の昭和35年にも津波を経験。明治のは最大38Mの津波で2万2千人が無くなった。「これより下に家を建ててはならぬ」といったその時の碑がたくさんあるのだが、時を経てそこには家が密集していたのだ。
実際私の生地でもあり、親戚もいる彼の地を幾度となく訪れたのだが、それは静かで良い場所。生まれた町ではないが、陸前高田の海沿いに泊まり松原のビーチを家族で楽しんだことがある。家人は湘南の海で育ったのだが、目じゃないくらい美しいと申すくらいの浜でありました。過去の失敗を生かせなかったのが悔やまれる。
陸前高田のビーチに行く手前に高さ3Mくらいの堤防が海にそって長く築かれていました。湘南ではこんなものは見たことがない。驚き説明を読んで理解。ああここも過去に被害を受けたのだと。大げさだと思われたその堤防も今はすっかり流されてしまったことだろう。あの夏の日がまぶしすぎる思い出に。
何度も彼の地を訪れたが、毎回思うのは「三陸は陸の孤島だ」ということだった。新幹線まではスムーズなのだが、そこから今回の被災地に出ようと思うと、車であれ鉄道であれ3時間くらいは山越え谷越え 優にかかる。途中が山だから自然災害でもあればすぐにライフラインは切れるなあと実感するはず
新幹線降りて、3時間かけて到着。ゆっくりした時間の中に自然に恵まれた町。リアス式海岸を臨む町並みの直ぐ後には、もう山がいくつもこちらを見下ろしている。主要な産業は漁業だという。ならば海のそばに集住せざるを得ない。

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