2011年3月11日。この日は忘れられない日になってしまいました。
私はまさに今回被災した地域で生まれ、親戚も相当数います。
亡くなった人はいなくて、良かった。
でもあえて言うと、やはり準備が足らなかったかもなとも思ったり。
過去のデータを考慮することや最悪の状況を想定して仕事や生活する。
これは長年やってきたシステム開発にもあてはまるなあ。
情報の管理、処理が今回ほど大事だと思ったことはないですし、
日本の場合は、まだまだ遅れていると感じました。
で、異論は承知で今回の失敗を書くと
①あの地域は明治29年、昭和8年にも大津波を経験しているのです。
明治のは最大で38Mの大津波、22000人の死者を出してます。
そしてそのとき以来「ここより下に家を建てるな」と書かれた塚がかなり立ってる。
しかし、それを無視して多くの人家、建物が海のそばに建てたのは過去の失敗を生かしていない。
工学院大学教授、東京大学名誉教授の畑村洋太郎先生失敗から学ぶ態度は
技術屋としては本当に参考にしています。
②原発は過去の津波の高さ、強さを考慮しなかったと言うことになる。
③三陸は陸の孤島と言われるくらい、山地が内陸の都市と海沿いの町を隔てています。
新幹線の駅を降りてから、車で3時間はかかるような場所でライフラインが寸断されたら
大変です。今回そうなりました。
ですから、ちょっとした発電、衛星電話、パソコンを各地域が装備していないことが失敗。
情報通信は大きな役割を果していましたね。
一番はグーグル。被災者の氏名を書き出した表を写真で集めてアップしたり、
被災者情報を書き込めるサイトを立ち上げていましたが、これには実際に私自身
親戚の安否確認で助けられました。
でもGoogleって一企業ですよ、それもアメリカの。国は表彰しないといけないくらい。
結局。すべて「スピードが命」だということですね。
情報処理は全ての仕事を助けると主張している当ブログですが、
おおげさでも何でもないですわ
あらためて思い知らされますね。

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